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勝海舟書簡 西郷隆盛参謀軍門宛
明治元年三月十三日
江戸総攻撃を目前にして西郷へ寄す
『海舟日記抄』 慶應四年三月十四日
同所に出張、西郷へ面会す。諸有司の歎願書を渡す。
〜略〜
右の通り屹度取り計らせ申すべく、尤も寛典御処置の次第、前以て相伺い候えば、士民鎮圧の都合にも相成り候儀につき、右の辺御亮察成し下され、御 寛典の御処置の趣、心得させ伺い置き度く候事。
此時参謀品川へ到れるの説あり、敢えて一書を寄せしが、予、爰に来りて面語す。懐にする所を出し之に示して云わく。

咋年已来、上下公平一致之旨
あれども、各其中小私あり、終に当
日之変に及ぶ者は、
皇国人物乏敷に因る。就中伏
見之一挙、一、二之藩士を目して
失錯あるは、我尤恥る所。堂々たる
天下、終に同抱相喰、何ぞ其晒
成る哉。我輩、忠諫一死を以て報
ずべきも、既に其失前日に在り、
今日何之面目在て口を開かむ。
然といへども、不日にして一戦、数万
生霊を損ぜんとす。其戦、名節
条理之正敷にあらず、各私憤を
抱蔵して、丈夫之為べき所に
あらず。吾人是を知れ共、
官軍猛勢奮ひ白刃飛弾
を以て慢に怯弱
之士民を劫さば、我もまた一兵
を以て是に応ぜずんば、無寧
之死益多く、生霊之塗炭
益長からん欺。軍門、実に
皇国に忠する志あらば、宜敷其
条理と情実を詳にし、後
一戦を試よ。我輩もまた能く其
正不正を顧み、敢て慢に軽挙
すべからず。嗚呼、我主家滅亡に
当て、一之名節大条理を持し
従容死に就く者無きは、千載
之遺憾にして、海外之一笑を引く
而已。我輩是を知れども力支
ゆる能はず、共に魚肉せらるヽ者
は深怨銘肝日夜焦思し、
殆ど憤死せんとす。憐れ其
心裡を詳察あらば、軍門に
臨て一言を談ぜむ。幸に熟
考せられば、公私之大幸、死
後猶生るが如くならむ。謹言。
勝安房
参謀軍門
【現代語訳】
昨年以来、上下一致して公正を旨とする方針があったものの、
各人の中にはなお私心があり、ついに本日の変(=戦争)に
至ってし まったのは、皇国に人物が乏しいためである。
中でも、伏見での戦いにおいて、わずか一、二の藩士の過ちを理由に
失敗に至ったことは、私が最も恥じるところである。
天下広しといえども、結局は同じ日本人同士が争い、殺し合うとは、
なんという悲しい事態であろうか。
私が忠誠と諫言の心で、一死をもって報いようにも、
その過ちはすでに犯されており、今日となって は、
何の面目があって発言できようか。
しかしながら、まもなく一戦が始まり、
数万の命が失われようとしている。
しかもその戦は、名誉や筋道の正しいものではなく、
各人が私憤を抱いたもので、立派な男児のなすべきことではない。
我々はこのことを知っているが、官軍が猛勢を奮い、
刃や弾丸でみだりに罪なき人々をころすようなことがあれば、
私もまた一兵をもって、これに応じなければ、
無辜の死者はさらに増え、生きとし生ける者の苦しみは
ますます深まるであろう。
官軍の指導者が真に皇国に忠誠の心を持つならば、
まずはその筋道と事情を明らかにし、それから戦を決すべきである。
我々もまた、その是非をよく見極め、決して軽はずみな行動はとらない。
ああ、我が徳川家が滅亡に際し、誰一人として大義と節義を保ち、
静かに死を選ぶ者がいなければ、それは千年の遺憾となり、
海外からも笑いものにされるであろう。
それは私も十分承知しているが、いかんせん力およばず、
共に犠牲になる者は深い恨みをもち、日夜それを思い憤死するであろう。
どうか、この心中をよく察していただけるならば、
貴殿に面会して一言申し述べたい。
もし幸いにもご熟慮いただけるならば、
それは公私ともに大きな幸福であり、
私にとっては死してなお生きているようなものとなるでしょう。
謹んで申し上げます。
勝安房
参謀 軍門
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